ALL REVIEWS×100分de名著イベントレポート「書評家たちに学ぶ『名著深読み術』」第1回(1/25) 鴻巣友季子 × 鹿島茂

ALL REVIEWSのサポートスタッフになり早数ヶ月。鹿島茂先生・鴻巣友季子さん登壇のNHK 100分de名著とのコラボイベントでレポートを書くという機会をいただきました。お慕いしている鹿島先生のお話をわたしの言葉で世間のみなさまにお届けできる日が来るなんて!願ったり叶ったり!募集がかかった瞬間にわたしは二つ返事で志願しました。

が。

超・超・超・つらかった。途中何度心が折れかけたことか。

 参加者と登壇者たちの間で「暗黙の了解」「既知の事実」になっていることも、世の読者たちにとっては「未知のお話」。これらをどのようにかみ砕いて、どのような言葉で表現すれば面白さが伝わるのか。とても悩みました。しかも思考が言葉に直結しない。果てしなく続く産みの苦しみよ。まだ出産はしたことないけれど。プロの物書きってすごいわあ、とつくづく思いました。

そんな感じで悩みに悩んでやっとこさ形になったレポートは、それぞれライティングを担当した2名の分とともに本業の編集者であるサポートスタッフの方が1本の記事にまとめ上げて下さり、無事日の目を見ることができました。

allreviews.jp

 

以下、わたしが執筆したレポート全文を掲載します。

あの原作が「婚活マウンティング小説」!?プロに学ぶ意外すぎる名著の楽しみ方

いつの時代もラブストーリーはみんな大好き。動画配信サービスが普及した今、映画でもテレビドラマでも古今東西のラブストーリーの名作を気軽に楽しめるようになりました。でも、その原作については、「本は分厚いしとっつきにいから、映画で充分」なんて、読んでいない人も多いのでは?

そんな名著の知られざる “深読み術”を学ぶイベントが1月某日、東京・青山で開催されました。指南役は、フランス文学者の鹿島茂さんと翻訳家の鴻巣友季子さん。

鹿島さんは『レ・ミゼラブル』をはじめとした19世紀のパリ風俗・文学解説書を中心に数多の連載や著作を世に送り出すとともに、昨今の名書評を無料で閲覧できるWEBサイト「ALL REVIEWS(オールレビューズ)」を主宰しています。

鴻巣さんの手掛けた新訳『風と共に去りぬ』はNHK Eテレの名作紹介番組「100分de名著」に取り上げられ、最終回放送前には視聴者から“鴻巣ロス”現象が起きるなど注目を浴びました。

このたびALL REVIEWSと100分de名著がコラボした「鹿島茂とALL REVIEWS書評家たちの宴」。1月は英米文学を、3月にはフランス文学をテーマに“読書のプロ”たちが名著の読み解き方を語ります。記念すべき第1回目は、100分de名著プロデューサーの秋満吉彦さんを司会に迎え、鹿島さんがオースティン作『高慢と偏見』を、鴻巣さんがミッチェル作『風と共に去りぬ』を解説しました。

<目次>

「圧倒的婚活小説」は家族制度から生まれる? 第一部:『高慢と偏見

19世紀末のイギリスを舞台に5人姉妹の次女エリザベス(リジー)と伯爵家のエリート男子ダーシーの恋愛を描いた『高慢と偏見』。テレビドラマ化や映画化され人気を博し、『高慢と偏見とゾンビ』などの二次創作も多く生まれています。今もなお愛される古典的ラブロマンスを鹿島さんはどう読み解くのでしょうか。

恋愛駆け引きの裏にある「遺産相続」に注目!

当時のイングランドは遺言が絶対性を持つ時代、一言「相続は男子に限る」と記されると女子は遺産相続ができませんでした。階級社会を生き抜くため、相続権のない女系家族の娘たちがどうやって少しでもいい条件で結婚にこぎつけるか。キャラの違う5人姉妹が美貌や才覚などを武器に奮闘する姿は、時に滑稽な「人生をかけたドタバタ婚活劇」として私たちの目に映ります。

男女の出会いや駆け引きの舞台となるのは各邸宅持ち回りで行う舞踏会。「何でこんなに舞踏会をするのか」と投げかける鹿島さんに、会場からはどっと笑いが。遺産相続に続き、ここでも「家族制度」が鍵を握る模様です。というのも、イングランドでは結婚後の子供は親と別居する風土。子供は親元から早期に独立することが良しとされてきました。そこで、親に頼らず子供たち自身が伴侶を見つけるために舞踏会が「社会公認の婚活システム」として発展していったのです。

これらの「遺産相続」「家族制度」を用いた分析は、フランスの家族人類学者エマニュエル・トッドの家族理論に注目した結果なのだそう。「結婚後にも子供が親と同居するか/しないか」「遺産相続において兄弟姉妹が平等か/不平等か」を組み合わせた4パターンでトッドは世界の家族形態を分類しました。『分別と多感』(原題:“Sense and Sensibility”)などの他のオースティン作品やシェイクスピアの「国王シリーズ」も、遺言をめぐる兄弟間の相続が大きなテーマ。伝統的な家族制度が文学のストーリーにも影響するとは、驚きです。

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詳しくは、鹿島茂著『エマニュエル・トッドで読み解く世界史の真相』(ベスト新書)をチェック!

細かなマウンティングも見どころ 2世紀以上も愛される魅力とは?

鴻巣さんは、翻訳家ならではの視点で意外な楽しみ方を提案します。それは登場人物たちの「マウンティング合戦」。例えば、ダーシーの伯母レディー・キャサリンの「レディー+ファーストネーム」は伯爵家出身のしるし。ベネット家のご近所さんレディー・ルーカスの「レディー+旦那さんの姓」は地主層であるジェントリ階級以下出身という具合。男性の「サー」や「ナイト」の称号も例外ではありません。その人物がどんな呼称で呼ばれるか、続くのはファーストネームか名字か。名前ひとつで物語に散りばめられた細かなスリルが広がります。

さて、物語の行方はというと。ダーシーの伯母レディー・キャサリンは、身分の差を見せつけるかの如くリジーとダーシーの恋に猛反対! そこに毅然と「私は私の幸せを追求する」と言い返すリジー。オースティンはリジーの言葉を借りて古い身分制にメスを入れ、「ドタバタ婚活劇を演じる愚かな女性」を敢えて描くことで当時の男性の女性観を揶揄しました。「巧妙なストーリーラインをもった婚活小説の中にしたたかな批評性を込めた点こそ、200年以上経ってもなお現代の女性に読み継がれている理由では」と鴻巣さんは分析しました。

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「“Pride and Prejudice” “Sense and Sensibility”、頭韻踏んでますよね」と話すKashima and Kohnosu両氏。頭韻コンビ。

 

映像に現れない本質を見抜け! 第二部:『風と共に去りぬ

映画の巨大な成功と引き換えに永らく映像のイメージに囚われることとなった『風と共に去りぬ』。鴻巣さんは、そんな「ある意味不遇な小説」を新訳と共に映画の世界から解き放とうとしています。アメリカの歴史から「小説としての『風共』」を解き明かす“全身翻訳家”の深読みが始まります。

U.S.A. 建国の歴史からひも解く「土地大好きビッチ小説」

「可憐なヒロインが戦争と悲恋に翻弄される物語」と思われがちな本作ですが、実のところは「図太いビッチが戦後の混乱に乗じて周りを翻弄していく物語」だと語る鴻巣さん。

事実、主人公スカーレット・オハラは失恋の腹いせに当てつけ結婚をかまし、お金目当ての略奪婚にまで手を染める性悪っぷり。とにかく「土地」が大好きで、資産を持っている男性には目がありません。心の中で相手をボロクソに蔑みつつ色目を仕掛けるその姿は、可憐で健気とは程遠い......! 

他人の土地はもちろん実家の土地も大好きなスカーレットは、生まれ育った農園<タラ>を何よりも愛しています。つらいことがあれば「明日<タラ>へ帰ろう」と自分に言い聞かせ、戦後の混乱の中でも<タラ>の土を握ることで生きる希望を取り戻していきます。

この「土地への執着」には、移民による開拓史というアメリカ建国の背景が投影されていると言います。スカーレットの父ジェラルドはアイルランド移民。自らの手で<タラ>を大農園へと作り上げました。

鴻巣さんは、航海の果てにアメリカの大地にたどり着いた移民たちの心情に注目し「イギリスのように爵位へのこだわりがない分、土地という資産が生々しく重要になってくる」と解説。秋満プロデューサーは『風と共に去りぬ』というタイトルに「(人々は)風と共に去った。(しかし土地は残った)」というメッセージを読み取り、アメリカ人の根源的な心象風景が込められていると分析しました。

ただのノスタルジーでは終わらない 行先すら暗示する「未来小説」

南北戦争後の再建時代を描くパートは「ディストピア小説」であると鴻巣さん。

ディストピアとは、一見調和が保たれているように見えて、行き過ぎた管理や監視が抑圧や歪みを生んでいる世界のこと。奴隷解放というある種の「ユートピア」と同時に不正選挙、政治汚職、略式裁判などの体制荒廃が描かれる様は、ユートピアディストピアが常に表裏一体であることを示しています。

風と共に去りぬ』が執筆されたのは1920年代から30年代半ばにかけて、『グレート・ギャツビー』でお馴染みの「狂乱の20年代」からブラックマンデーの直前までです。出版当時の社会は大恐慌を経験し、KKKクー・クラックス・クラン)による白人至上主義の再活発化、第一次大戦後の軍需景気からくる格差問題などを経験していた時代。当時の読者は、1930年代と物語の世界とを重ね合わせて読んだと言います。

メディアが取り上げるのは、好景気の恩恵にあずかる一部の富裕層ばかり。見て見ぬふりをされてきた格差の実態や、人種間の断裂、社会不安による鬱屈憤懣は現代へと脈々と引き継がれ、やがてトランプ政権の誕生につながったとも考えられます。

過去の時間軸を利用して当時の社会に潜む問題点を浮き彫りにした『風と共に去りぬ』は、「単なる歴史小説ではなく、わたしたちの行く先を照射する未来小説でもある」と鴻巣さんは締めくくりました。

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鴻巣さんの衣装にご注目。赤と黒の組み合わせは、実は『風と共に去りぬ』のキャラクターとも関係がある……!?

 

新しい深読みポイントがたくさん提示された本講座も、惜しまれながら終了となりました。イベント終了後の講師陣に感想を伺ってみました。

――今回の感想と、次回(3/8開催「フランス文学はこう読め!」)の見どころを教えてください。

鹿島「二人の相乗効果でとにかく面白かったです。次回扱うサルトルカミュは高尚なイメージがありますが、実際に読んでみると「どこにでもいる!」という感じ。そんな面白さを知ってもらえれば」

――名著への入り口となり得る書評の面白さをどのように伝えていきたいですか?

鴻巣SNS受けなどを狙うのではなく、本当に中身の面白さを伝えるクオリティの高い書評を書いていく。これに尽きると思います。」

鴻巣さんの更なる深読みは『謎とき『風と共に去りぬ』: 矛盾と葛藤にみちた世界文学』で余すところなく紹介されています。ALL REVIEWSでは前書きを全文ご覧いただけます。ALL REVIEWS経由で本を購入すると代金の一部が書評家に還元される“応援システム”も備えています。

 

<関連リンク・参考文献>